交流のあゆみ
1999.6 | 建設中の校舎を視察。 |
1999.7 | 建設工事の手伝いをするための、訪問。 |
1999.10 | 小学校訪問。竣工式。 |
1999.11 | 上信越地域協議会合同で、発展基金会、小学校の先生を日本へ招待。長野市内の小学校や、松代大本営跡地、職場の見学。組合員との交流会。 |
2000.11 | 小学校訪問。JR東労組コーナーを設置。鉄道模型や平和活動の写真などを展示。 |
2001.2 | 小学校訪問。 |
2002.3 | 小学校訪問。 |
2003.3 | 小学校訪問。7月、校庭遊具寄贈。 |
2004.2 | 小学校訪問。 |
2005.3 | 小学校訪問。 |
2002年からは組合員と家族だけではなく、日本の小学生も訪中団に参加しました。学校訪問では、授業参観やプレゼントの交換、そして日本の子供たちが鍵盤ハーモニカやリコーダーで"マイウェイ"を披露し、言葉が通じなくても心と心のふれあいで、温かい友情が芽生えました。
中国交流団の目的には、日本軍が60年前、中国の地でおこなった非人道的な行為の傷跡を見学し、「二度と悲惨な戦争を繰り返さない」ことを自分の言葉で伝え、広めることもあります。中国の戦跡見学は、日本の子供たちの目には酷ではないかと心配しましたが、見学後の感想では「中国人の遺骨を見て、悲しくなったので、僕は絶対に戦争は起こしたくないと思った」と戦争の傷跡を自分の目に焼き付けていました。