24ヵ国、91組織、152名参加のもと国際鉄道安全会議が開催され、東労組の発表がベストプレゼンテーションとして最優秀賞を獲得しました!東日本大震災のアンケート結果に踏まえ、マニュアル重視ではなく自分の置かれた状況を的確に判断し行動できる社員の育成の必要性を訴えたことが評価されました!以下に発表した内容を掲載します。
◆防災対策と鉄道における社会的使命とその責務について◆
20011年3月11日、日本で発生したマグニチュード9.0の大地震と想像を絶する大津波は約1万9,000人の犠牲者と多くの人々の生活基盤を破壊しました。また、福島第一原発事故の被害は現在も継続しており、燃料の抽出方法など廃炉作業には数十年以上かかるなど、世界中を恐怖に陥れています。
この大震災によるJR東日本社員の被害状況は死亡者5名、グループ・協力会社社員死亡7名、未だ行方が分からない社員2名となっています。また家屋の全壊・流失、一部損壊などの被害は1,100件を超えました。鉄道の被害は新幹線設備をはじめ、在来線では7線区が壊滅的な被害に遭いましたが、営業中の列車での死傷事故は一切ありませんでした。まさに奇跡とも言える結果となりました。
私たちは、1,000年に1度と言われるこの大震災の体験談を組合員から聞き取るうちに、この奇跡は偶然に起こったわけではなく必然性があると確信しました。つまり、ハード・ソフト面を含めた事前の対策もさることながら、実際には教育・訓練やマニュアルでは対応できない場面に遭遇しながら、社員は的確な現場判断を行っていたのです。なぜ、このような的確な現場判断ができたのか。それを掘り下げ、その教訓を後世に残し伝えることこそ、経験に基づいた鉄道の安全哲学に必要だと認識しました。
従って、東日本大震災を経験した組合員の25%にあたる1万1,827枚のアンケート用紙を配布し、アンケートに協力を呼びかけました。その結果、1万1,217枚を回収し、回収率約95%と非常に感心の高い貴重なアンケートを集約しました。よって、今回はアンケート結果から見える防災対策と社員の教育・育成についての発表です。よって、今回はアンケート結果から見える防災対策と社員の教育・育成について発表したいと思います。
1.地震発生後、指令との通信手段の確保が困難であったという問題について。
アンケートの結果から以下のことが分かりました。「指令との連絡確保」について駅など営業職場では、「即座に確保された」が60.7%、「1時間から2時間で確保された」が16.5%、「12時間程度で確保された」が6.4%、になっています。
乗務員など運転職場では「即座に確保された」が50.1%、「1時間から2時間で確保された」が24.5%、「12時間程度で確保された」が8.9%、になっています。保線・電気など設備職場では「即座に確保された」が38.1%、「1時間から2時間で確保された」が24.8%、「12時間程度で確保された」が12.6%、になっています。
各系統ごとに数値は異なりますが、指令との連絡手段の確保は安全運行だけではなく、避難する上でも重要な通信手段です。「即座に確保」が営業60.7%、運転50.1%、設備38.1%ですが、平均すると50%を下回ることになります。指令からの指示命令系統で運行管理することを考えるとあまりにも低い数字と言わざるを得ません。また、想定外の被害状況に加え、各系統の各職場の被害状況を指令が把握し指示することは不可能です。1日以上連絡手段が確保されないという実態が明らかになった以上、他の情報を確保する手段や、いかに現場判断を優先させるのかということが今後の重要な鍵と言えます。
次に、「地震発生当日における地震及び津波情報の入手方法」では「会社情報」が28.3%、「テレビ」が77.9%、「ラジオ」が25.2%。「インターネット」が23.9%となっています。複数回答制のため複数から情報を取ることはありますが、会社情報ではまかないきれない情報を確保するために自ら情報を取っていたことが伺えます。まさに現代の情報社会を反映しているといえます。今後の情報ツールのあり方も検討しなければなりません。
2.マニュアルが全く役に立たなかったという問題について。
アンケートを行った結果から以下のことが言えます。「大震災発生時の対応マニュアル」を持っていますか?との問いに対して、「勤務時には常に手元に持っている」が24.5%で4分の1しかいません。「常に手元には持っていないが保管している」が44.7%、「配布されたがどこにあるか不明」が23.7%、「配布されなかった」が6.2%になっています。数字から見るとほとんどの人が手元に持っていません。
次に、「大震災発生時の対応マニュアル」の活用状況です。「充分活用した」が3.1%、「活用した」が10.3%で13.4%の人しか活用していません。「あまり活用しなかった」が29.2%、「まったく活用しなかった」が49.4%、「マニュアルがあることを知らない」が6.7%になっています。数字から見ると85%以上の人が活用していないことになります。
次に、「大震災発生時の対応マニュアル」の教育についてです。「教育を受け内容も十分に理解している」が19.6%、で19.6%しか教育を理解していません。「教育は受けているが内容の理解が不充分である」が42.1%、「教育は行われているが受けていない」が7.6%、「教育が行われていない」が29.2%になっています。約80%の人が教育を理解していません。
アンケートの結果、教育を受けているという人が6割でした。従って4割の方が教育を受けていないという回答です。教育を受けている6割の人の中でも2割の人しか理解していません。いかに教育自体が形式的になっているかが分かります。教育を受けていない人の理由は忙しいという回答が目立ちます。だとすると、教育時間を保証しなければなりません。また教育する、教えるプロがいなこともアンケートで分かりました。想定外のことは起こるので、その時にいかに行動するか実践的な訓練をすることが必要だとアンケートは示しています。
また、ほとんどのアンケート結果に書かれていたのですが、現場判断を重視するシステムにしなければダメだということです。且つ現場判断が間違っても個人の責任にしないというシステムにしなければ、現場判断は下せません。そのことも大きな課題といえます。
3.職場での災害時避難手順や避難場所への避難が活かされなかったという問題について。
アンケートの結果から以下のことが分かりました。「災害時避難手順」についての問いでは、「手順が「明確になっている」が26.2%で4分の1しかいません。「あまり明確ではない」が32.4%、「不明確である」が22.0%、「分からない」が18.6%になっています。なんと7割の人が避難手順を理解していません。
次に、「災害時避難場所」についての問いでは、「明確になっている」が32.9%で約3割しか理解していません。「あまり明確になっていない」が25.2%、「不明確である」が21.4%、「分からない」が19.7%になっています。こちらも7割近くが避難場所について不明確だとしています。
次に、「職場で地震発生後、避難場所への避難」を行ったのか、否かについて聞いてみました。「指示されて避難した」が18.0%、「自主的に避難した」が13.0%で3割の人が避難しています。しかし、これは本社や支社など事務職でまとまって仕事をしている人が避難したケースが多くみられます。一方、「指示されたが避難しなかった」が2.2%、「指示されないので避難しなかった」が59.8%になっています。やはり現場では避難したケースは少ない傾向が見受けられます。出先の乗務員や設備社員は別としても、駅など利用客が多くいる所では実際に避難しろと言われても避難誘導できないケースや、自分たちだけ先に避難できないなどと言った声も寄せられました。
また、避難場所を理解していないケースや、避難場所に津波がきてしまうなど避難場所としてふさわしくないケースも存在しました。特に、乗務員が乗務途中に停車した場合、土地勘がないケースが多く見うけられ、教育の限界性をいかに克服していくのかということも大きな課題です。
4.死傷者0の奇跡を生み出した実際の証言。
以下は大船渡線で津波から避難した運転士の証言です。運転士は指令から大船渡小学校に避難しろと指示を受けました。よって、運転士は乗客を列車から降車させ誘導し、一旦高台に行きました。そして、乗客に「大船渡小学校に向かいます」と言ったら、地元の乗客から「小学校はここより低いから、同じ距離で高台にある大船渡中学校の方が安全だ」と言われました。運転士も小学校の方が低いと気づいたため、自己判断し大船渡中学校に避難しました。結果、小学校には津波が押し寄せましたが、中学校は無事でした。このケースは指令の指示より地元の人の意見を尊重した結果であり、結果オーライのケースです。
しかし、指揮命令系統からすれば、今回のケースは指示違反になります。しかし、指令にも限界はありますから、いかに現場判断が大切かという一つの教訓です。また今回は結果オーライでしたが、逆のこともあり得ます。中学校に逃げたために津波に遭ってしまった場合、運転士は指令の指示従わずその責任が問われる危険性があります。しかし、その場合でも現場判断を優先し、仮に間違っても責任を問わないシステムをつくらなければ現場判断はできません。現場判断した運転士の勇気を称えるべきです。
次に、昨年も発表しましたが常磐線の新地駅で地震に遭遇し、運転士と車掌が指令や駅と全く連絡が取れなかったケースです。たまたま乗り合わせていた警察官2名が「津波警報が出た」と警察からの情報を元に乗客の皆さんを町役場まで避難してくれました。しかし、運転士と車掌は車両の状態監視のために避難しませんでした。運転士は海岸から500mも離れているので、まさかここまで津波はこないだろうと思ったそうです。しかし、津波が押し寄せ跨線橋に駆け上がり朝まで跨線橋で過ごしました。
彼らの避難した車両は跨線橋にぶつかって車両は、くの字に曲がりました。一晩中過ごした跨線橋では波が足下まで押し寄せました。ここで言えることは、なぜ彼らは警察官と乗客と一緒に逃げなかったのかということです。当然、使命感がありますが、まったく情報が入らなかったということも大きな要因です。
次に久ノ浜駅での事例です。久ノ浜駅を出た所で地震が発生し、列車は非常ブレーキで停止しました。運転士は横を走っている国道にLEDで大津波警報が発令されていることを見て、これは尋常ではないと思ったそうです。指令からは津波警報が出ているから避難の準備をしろと指示が来ました。車内を見るとお客さんはパニックになっていました。
運転士・車掌の2名の乗務員は、まずは車内から降りるための梯子を見ましたが、弱々しくて危険だと判断し、ドアを開け、車内の皆さんが座る椅子を外し外に投げて積み上げ、それをクッションにして乗客に飛び降りてもらいました。お年寄りは抱えて降ろしました。あまりに時間がかかるので、国道で交通整理をしていた警察官3名うち2名に手伝ってもらい乗客を降ろしました。
ここでも乗客の中に地元の人がいて「私が高台まで案内します」と言ってくれて、マニュアルですと久ノ浜駅に避難することになっていますが、あえて高台の中学校に避難してもらいました。でも乗務員はもう一度車内にお客さまがいないか確認した後に、マニュアルに基づき久ノ浜駅に向かいました。そうすると、駅の周辺はぐちゃぐちゃで、救助された住民が駅に運ばれてきている状態でした。乗務員2名は救急救命士からポシェットを預けられ「ガーゼで応急手当をやってくれ」と頼まれました。
救急救命士からは「手袋だけはして処置するよう指導され、やるしかないと判断して救助活動にあたりました。駅の周りは火災で50~60軒が燃えていて駅に死傷者がどんどん運ばれてきている状況だったそうです。乗客は高台に避難しましたが、その乗客と一緒にいるべきだったのか、どうなのか、彼らは非常に考えたそうです。ただ彼らが言っているのは「制服を着ている以上は逃げることは出来ない」と判断したとのことでした。彼らが取った行動は人間として正しかったと思います。しかし、これもマニュアル通りの行動ではありません。
5.まとめ
以上のようにマニュアルが全く役に立たなかった事例を紹介しました。情報ツールの確保や危険箇所の除去、耐震対策など企業が社会的役割を果たすことは前提です。しかし、自然界において想定外のことは起こりうるということを前提に、マニュアル重視ではなく、自主的に判断して主体的に行動する社員を育成していかなければなりません。
大きな組織の場合、指令・指示は絶対ですが、指令には現場が見えないので限界があります。ですから、現場判断を優先するシステムをつくらなければなりません。その場合、仮に現場判断が間違ったとしても個人の責任を問わないようにしなければなりません。また、教育・訓練も重要で、実践的な教育を現地・現物で行い、考えさせる教育をしなければなりません。そして、減災意識を磨く必要があります。
アンケートには「心配、恐怖を克服して、沈着・冷静に行動できた」「限られた情報をもとに義務感や使命感、業務への強い意欲を持って行動した」「自分が置かれた状況を正確に判断し、安全確保のためにいかに行動すべきか即時的に決断し、行動した」と述べられていましたが、自らの責務を果たした実践的な言葉だと思います。
今回の大震災を教訓にJR東日本は大地震が発生した場合は津波を想定し、自ら情報を取り、他と連絡がとれなければ自ら避難の判断をし、結果として津波が来なかったとしてもその責任は問わないようにマニュアルの変更を行いました。
想定外というものはどの国にも、どの現場にもあり得ることです。ですから、マニュアル主義に陥ることなく、鉄道人としての義務感、使命感に裏打ちされ、自分の置かれた状況を的確に判断し、行動できる社員を各現場で育成していくことが求められているのです。
JR東労組は「抵抗とヒューマニズム」という活動方針のもと、「責任追及から原因究明へ」という安全哲学を会社と共につくりあげ、労使協力関係のもと組織のぬくもりと何でも語り合える職場風土をつくりあげてきました。その結果が今回の現場力として発揮されたのだと思います。それが、東日本大震災を経験した私たちの結論です。今後もヒューマニズム溢れる鉄道マンを育てあげていくことを述べ発表とします。