「乗車マナーカード」はいったいどのようなものか
「乗車マナーカード」は2010年3月24日に立川地区が中心となって作成した、『一歩踏み込んだお客さまの乗車マナー向上キャンペーン』の一貫として立川地区に所属する全社員を対象として実施するというものです。しかしこの「乗車マナーカード」は、2009年7月にも「記念乗車証」という形で「乗車マナーカード」同様の主旨でカードが立川地区サービス推進委員の発案で作成されすでに配布されているものです。
昨年、八王子地本第13回定期大会で「安全よりサービスが優先されている」「まごころメモや各種インフォーマル活動などがノルマ化されて本来業務ができない」など組合員の悲鳴とも言える職場の声が出され、団体交渉を重ね「過度な競争を煽るまごころメモを是正する」「記念乗車証の配布は乗務員勤務制度にはない」などを労使で確認しました。
しかし、今回の「乗車マナーカード」は「記念乗車証」の名称だけを変更して内容はそのまま、昨年の団体交渉や現場の声を無視して、地区の施策として取り組むという極めて一方的なものです。この「乗車マナーカード」は一体何のために取り組むのか、職場の議論や団体交渉で明らかになった会社が考えていることを明らかにしてJR東日本のサービスとは何か、鉄道輸送の使命とは何かを皆さんに考えていただきたいのです。
業務掲示一枚で「社員への周知は出来ている!?」
立川運転区では2010年3月24日に突然「サービスの向上、お客さまにお喜びいただけるマナーカードの配布、社員1人10枚、お客さまの案内に活用、業務に支障ないよう無理なく配布する」などの業務掲示が貼り出され、運転士に運転当直から乗車マナーカードが配布されました。その際、なぜ配るのか、いつ、どこで、誰を対象に配るのかは社員に説明されませんでした。
区長・副区長に取り組みの主旨や説明を求めても「乗務員である前に社員としてマナー向上に取り組むことは当然のこと」「業務掲示で社員周知は出来ている」「それぞれが掲示を見て配るか配らないかを決めてもらってよい。その程度のものだ」という曖昧な回答でした。
カードを配ってマナーが向上するかは分からない!?
また、支社との団体交渉では①乗車マナーカードの配布を行うことを決めた根拠を明らかにすること②第13回定期大会以降に団体交渉を行った申1号、申2号で議論した「記念乗車証」の確認事項をふまえて乗務労働中には配布しないことを議論しました。
組合は取り組む根拠と表れる効果についての考え方とマナーに対する定義を会社として示すこと、乗務員がお客さまのマナーが悪いことで苦情などを言われているなど深刻な問題が発生しているのか、カードの配布でどのようにマナーが向上するのかについて会社の見解を求めました。
会社は「マナーは定量的に計れないため現状のマナーがどの程度悪いかや、どのように改善されるかはわからない」「カードは好評でJRのファン作りに効果がある」などと回答し、配布に至った根拠や効果など明確でなく、本気で乗車マナーを向上させようとしているとは思えない会社の姿勢が露呈しました。
社員がカードを配る行為を利用者の立場から考えてみると?
利用者自らが「自分が鉄道を利用するときのマナーは悪い」と思っている人がどれだけいるでしょうか。むしろ社員などの第三者から言われて初めて気づくものです。いきなりカードを渡すことは「あなたのマナーは悪いです」というレッドカードを渡すのと同じことです。その場で注意すれば済むものをなぜわざわざカードを渡して知らせる必要性があるのでしょうか。また、カードそのものが欲しいために、迷惑行為をすることも考えられます。事実昨年配布された「記念乗車証」はネットオークションで値段がついて売買されていました。
この間、マナー向上は、鉄道利用時だけでなく踏切事故撲滅や痴漢防止、駅ホームでの禁煙など様々なキャンペーンを取り組んできています。これらの取り組みはその時々の社会情勢や現状において、会社の業務として取り組んできました。乗客にマナー向上を求めるのであれば、乗車マナーキャンペーンを展開し、学校や各駅で利用者に配布することが効果的だと思います。
なぜ会社はカードの配布に固執するのでしょうか?
会社の姿勢でも明らかなように「乗車マナーの向上」というのは表向きの根拠であり、カードを配る目的は全く違うところにあるのではないでしょうか。
今回の乗車マナーカードは、立川地区の全社員に配布していますが、配布の仕方は職場によっても違います。そして「配布できる時に配ればよい」などあいまいなものでした。乗客のマナー向上に取り組むことは、社員として当然のことですが、必要ならば「できるときに配布すればよい」などではなく、業務で配布するべきです。あいまいななかで配布することによって「配る人と配らない人」との間に差が出たり、配布した枚数を社員間で競い合うものは、競争意識を煽るものとなります。ましてや、そのことによって評価や管理のデータとなるなら、お客さまのマナー向上という目的からも逸脱します。
このように、乗車マナーカードの配布は様々な問題をはらんでいます。業務や現場の実態を無視した会社の一方的な考えを社員に押し付ける上意下達のやり方には、労働組合として認めることはできません。
「鉄道輸送の使命は何か」をもう一度考えよう!
福知山線事故から5年が過ぎました。あの事故はJR西日本の営利優先の企業風土によって107名もの尊い命が奪われた大惨事です。この事故から私たちは改めて営利優先の企業体質と同時に職場風土など「鉄道の安全とはどうあるべきか」を学び議論してきました。
また、鉄道利用するお客さまは安全で快適に目的地まで着くことを望んでいるのではないでしょうか。その為に私たち運転士は列車の安全を最優先にして運行しなければなりません。運転士に、自主的と言いながら掲示や点呼でお客さまへのサービスのための「マナーカードの配布」を徹底するなどのやり方は、運転士間の競争意識を煽る内容であり、全社員が協力して安全を守る鉄道業にはなじみません。そればかりか、この間創り出してきた職場の仲間意識は破壊され、安全輸送に重大な影響を及ぼすことは明らかです。サービスに力を入れていくだけではやがて鉄道の安全に対する精神や意識は現場では形骸化されていきます。
私たちJR東日本の職場には今も安全問題やサービスを含めて多くの問題が山積しています。「鉄道の安全とはどうあるべきか」「そのために何が必要なのか」という議論を巻き起こし、一つひとつ問題点を明らかにしていき、その解決を労使で図っていかなければ、安全を守ることはできません。鉄道事故によって人の命が奪われてから安全議論を始めても遅いのであって、私たちは鉄道のプロとしてあらゆる危険の芽を察知し、未然に防止していくということを繰り返し積み重ねていくことでしか安全を守ることができないのだということを改めて肝に銘じておかなくてはならないと思います。
※この内容は、JR東労組八王子79号(5月10日発行)「乗車マナーカード」は何のために配布するのか?を参考に作成した内容です。